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僕と君の間にあるもので世界をかえることについて

アニメ『輪るピングドラム』を巡る考察的な何か

世界の終わりと林檎の話。

イクニ監督が大好きな演劇家であり作家・寺山修二の『ポケットに名言を』には、世界の終わりと林檎についての一文が紹介されています。

 もし世界の終りが明日だとしても 私は今日林檎の種子をまくだろう

寺山は言葉をすこしずつ変えて、何度もこの文を作品に引用しています。ゲオルグ・ゲオルギウ(代表作『25時』)の『第二のチャンス』という小説の最後のシーンで(ルターの言葉として)登場人物が呟くのです。

 どんな時でも人間のなさねばならないことは、
 たとえ世界の終末が明日であっても、
 自分は今日リンゴの木を植える

 ※唯一の邦訳は誤植で「明日」が「明白」になっている。ついでに言うと乱丁が酷い。

この本には、二分された世界の戦いに翻弄される人間が描かれます。繰り返される希望と絶望。理不尽に殺されていく人々。戦禍を生き延びた人ですら戦後生まれた「一つの世界」という存在に殺されてしまうというラストシーン。
救いのない物語の最後、殺される直前に語られるのが「世界の終わりと林檎」です。

しかも、この作品の途中には凄惨な植林の話が出てきます。捕虜を埋めた土地に植えた木に実る果実は、とても美味しくなる…強制労働で死んだ捕虜の遺体の有効活用法として、それが提案されるのです。


果実が成るには、芽から木に成長して花をつけて…それに必要な養分は土の中にある多くの「死」です。そして、木を植えた人間は実を食べることが出来ないかもしれない。「それでも林檎を植えることが、君には出来るか?」
寺山の引用は、そこまで含めてのものだったのではないでしょうか。

『第二のチャンス』読後は、この『名言』が私の中でがらりとイメージが変わってしまいました。『25時』も、オーウェルの『1984』と並ぶすばらしい本だと思いますので、チャンスがあればぜひ読んでみてください。運がよければ図書館、古書店で出会えるかな。


 
余談ですが。
ゲオルギウの他の作品を探している中で『青い鳥の虐殺』というフランスの古いSF短篇集を見つけました。その中の『アリアドネの糸』の著者がゲオルギウだったんです。これは?!と確認してみましたが…「『25時』の作者ではない」と解説にわざわざご丁寧にかかれておりました。ただ、内容的には、例えば「かえるくんとみみずくん」の立場が逆転するような話になってて、ちょっと気になります。 

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