僕と君の間にあるもので世界をかえることについて

アニメ『輪るピングドラム』を巡る考察的な何か(突貫工事のち10年放置)

Ⅱ 忘却された者による地下からのクーデター:氷の世界

テロの首謀者・渡瀬眞悧は、物語のあちこちに登場する重要なキャラクターである割に、個人的なことはアニメでほとんど明かされませんでした。それは彼がいわば個ではなく、地下61階の<みみずくん>だからと考えて良いのではないでしょうか。
彼は渡瀬眞悧の姿をした透明な存在になった人々の集合体、幽霊であり、呪いのメタファー。そらの孔分室で地上の悲しみの声を聞き続け、彼らと同化した<みみずくん>なのです。ここからは、個ではない彼をサネトシと書くことにします。



『シビれるだろう?』
サネトシは9話『氷の世界』で、地下61階の中央図書館分室にいる司書として陽毬と接触します。

誰か指きりしようよ 僕と指きりしようよ
軽い嘘でもいいから 今日は一日はりつめた気持ちでいたい
小指が僕にからんで 動きがとれなくなれば
みんな笑ってくれるし 僕もそんな悪い気はしないはずだよ
流れていくのは 時間だけなのか 涙だけなのか
毎日 吹雪 吹雪 氷の世界
人を傷つけたいな 誰か傷つけたいな
だけど出来ない理由は やっぱりただ自分が怖いだけなんだな
そのやさしさを秘かに 胸にいだいている人は
いつかノーベル賞でももらうつもりで ガンバッてるんじゃないか
ふるえているのは寒さのせいだろ 怖いんじゃないネ
毎日 吹雪 吹雪 氷の世界
(井上陽水『氷の世界』) ※この歌の1番にはリンゴ売りが出てきます。

りんご売りの声がする壁の向こうは氷の世界。
壁のこちら側も氷の世界。そんな歌です。

輪るピングドラム』においての<氷の世界>は、「こどもブロイラー」で透明になった子どもたちの組織・ピングフォースの領域だと考えられます。彼らの破片が降り積もる、世界の片側から忘れ去られた者たちの、もう一つ世界。
彼らは南極に集い、自分達を受け入れなかった社会に攻撃をしかけます。(アニメでの高倉、渡瀬、夏目、荻野目…これらの名前は映画『南極物語』の役者さんからとられていて、多蕗と時籠は、取り残された南極で懸命に生き抜いたタロとジロでしょう。荻野目さんはタロとジロを助けたのではと言われているリキの飼い主で、代わりのリキと名付けられた犬を与えられる役でした。)

この世界はそんなつまらない、きっと何者にもなれない奴らが支配している。
もうここは氷の世界なんだ。
しかし幸いなるかな、我々の手には希望の松明が燃えている。これは聖なる炎。
明日、我々はこの炎によって世界を浄化する。
今こそ取り戻そう。本当のことだけで人が生きられる美しい世界を。
(高倉剣山のセリフ)

彼らは自分達が<氷の世界>にいるのではなく、彼らを受け入れない世界こそ<氷の世界>だと考えています。自分達こそ光であると言うのです。
でも、自分の目に見えるものだけが本当だとは限りない。かえるくんは非かえるくん。

私たちが立っている場所は光側でしょうか、それとも陰なのでしょうか?
何者にもなれないのは、いったい誰なのでしょう?

明るい場所は暗い場所と共存しなくてはいけないの。明るい場所が光っていられるのは、同時に闇が存在しているからなのよ。光が輝けば輝くほど、闇はいっそう深く、暗く身を沈めていく。
あまりに光ですべてを照らし出してしまうと、闇は行き場を失って、明るい場所を、光を飲み込もうと暴れ出してしまうのよ。
(夏芽真砂子のセリフ)

16年前、地下からのクーデターに一人で立ち向かった桃果は、サネトシによって2つのペンギン帽子に封じられてしまいました。サネトシは同じものが見える彼女が自分と分かり合える人になることを期待していました。しかし拒絶されます。いいえ、最初から分かっていたこと。決して相容れないと。
桃果はこの世界には何一つ醜いものなんてないと思う。
彼はそれは違うと思う。


そしてサネトシは自分の"正しさ"を桃果に見せるためにゲーム、実験を開始します。

ペンギン帽子の桃果は二人のカムパネルラ(冠葉と真砂子)の側(陽毬とマリオ)で、運命が至るのを観続けることになるのです。