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僕と君の間にあるもので世界をかえることについて

アニメ『輪るピングドラム』を巡る考察的な何か

Ⅰ 忘却された者による地下からのクーデター:反復する95

地下深くにある図書館に迷い込んだ陽毬が探す『かえる君、東京を救う』。これは『神の子どもたちはみな踊る』に収録されている、実在する短編小説『かえるくん、東京を救う』です。著者の村上春樹は1995年3月20日に起きた地下鉄サリン事件に強い関心を示し、それをテーマにした作品を多く書いています。アニメの中の図書館には彼の『アンダーグラウンド』がありましたね。
この本は『輪るピングドラム』にとって『銀河鉄道の夜』と共に重要なモチーフとなっています。
なぜアニメで95という数字が繰り返されるのか、なぜあの日のあの事件なのか。不謹慎だと思った人もいるかもしれません。しかし、このアニメの3つ目の鍵『忘れないこと』のためには不可欠な要素でした。(多分)


『かえるくん、東京を救う』は主人公であるサラリーマン・片桐と、彼の前に突然現れて消えた<かえるくん>の物語です。ある日片桐が仕事から帰宅すると、部屋にかえるくんがいました。近々<みみずくん>が東京の地下で暴れて大変なことになることを打ち明け、それに立ち向かう自分の手伝いを片桐に依頼します。友だちとして、心を支えて欲しいというのです。
そもそも<みみずくん>とは一体何か。
かえるくんは、彼に対して個人的な反感も敵対心も持っていないといいます。世界とは大きな外套のようなもので、そこには様々なかたちのポケットが必要とされている。友だちになろうとまでは思わなくても彼のような存在も世界にとって「あってかまわない」と思う。しかし今の<みみずくん>は、長いあいだに吸引蓄積された様々な憎しみが、これまでにないほど大きくなっていて危険なのだ、だから戦いに行かなければならない。そうかえるくんは語ります。

僕は1995年の初めに起こったこのふたつの大事件は、戦後日本の歴史の流れを変える(あるいはその転換を強く表明する)出来事であったと考えている。その二つの出来事が示しているのは、我々の生きている世界がもはや確固としたものでもなく、安全なものでもないという事実である。我々はおおむね、自分たちの踏んでいる大地が揺らぎのないものだと信じている。あるいはいちいち信じるまでも泣く「自明の理」として受け入れている。しかし突然それは我々の足下で「液状化」してしまう。
我々は日本の社会が他の国に比べて遥かに安全であると信じてきた。銃規制も厳しいし、凶悪犯罪の発生率も低い。しかしある日出し抜けに、東京の心臓部で、地下鉄の車両内で、毒ガスによる大量殺戮が実行される。目に見えない致命的な凶器が通勤する人々を無差別に襲う。前者は言うまでもなく回避しようのない自然現象であるし、後者は人為的な犯罪行為である。原理的言えば、そのふたつのあいだには大きな違いがある。しかしその両者は決して無縁のものではない。
村上春樹全作品 1990〜2000 第3巻 短編集II 解題『神の子どもたちはみな踊る』)

色々あった末に彼は手伝いを決意しますが、約束の日の夕方、何者かに銃で撃たれ病院へ搬送されてしまいます。

もうひとつ、それらの出来事は、言うなれば地下から、我々の足下深くから、やってきたものだ。地震は地下のマグマの活動によって、またそれがもたらす地層のずれによって起こる。すべては我々の知らないあいだに、地下の暗い場所で時間をかけてひっそりと予定され、決定されていく。そしてオウム真理教は人々の意識のアンダーグラウンド(下部)を把握し、組織化することによって勢力を伸ばしてきた。麻原はいうなれば、我々の住む社会の下に、妄想によって生み出された地下の帝国のようなものを築いてきたのだ。
そして教団が襲撃の場として選んだのは、まさに地下鉄の車両だった。そのような執拗までの「地下性」は、僕にはただの偶然の一致とは思えなかった。それらは我々の社会が内包していた時限爆弾であり、それらはほとんど同じ時刻に設定されていたのだ。
村上春樹全作品 1990〜2000 第3巻 短編集II 解題『神の子どもたちはみな踊る』)

ところが夢から目覚めた片桐は看護婦から、単に道で気を失って倒れただけであり撃たれてなどいない、夢にうなされて『かえるくん』と何度も叫んでいたことを聞かされます。何が現実で夢なのか。病室にかえるくんが現れます。


村上氏は1995年以降、繰り返し<地下VS地上>の対比を書いてきました(悪と善ではない)。影と光、とくに影、忘れ去られるものについて。
たとえば……原発事故について、二度も原子爆弾の悲劇を体験した国に生まれた私たちなら誰でも原子力の恐ろしさを知っていたはずなのに、どうして同じ力を使っている原発だけは絶対安全だと信じていられたのでしょう? (2011年6月のバルセロナでの彼のスピーチを検索してみてください)
多くの人が過去や未来、そして現在の悲劇を忘却して日々を過ごしています。
それが更なる悲劇を産んではいないか、という問題です。



反社会組織ピングフォースは「こどもブロイラー」のある世界は間違っている、世界はピースされなくてはならないとクーデターを計画します。「こどもブロイラー」は社会の<影>であり、それを見てみぬふりして忘れようとする世界は正され、浄化されなければならないというわけです。これも一つの正義でしょう。しかし、そのために多くの人を犠牲にすることもまた<陰>を産みます。


『かえるくん、東京を救う』で、かえるくんは病室の片桐を訪ね、地下での戦いは引き分けに終わったこと話ます。彼を滅ぼすことは出来ないのです。
戦いの全ては「想像力の中で行われた」といいます。

闇はみみずくんの味方でした。片桐さんは運んだ足踏みの発電機を用いて、その場所に力のかぎり明るい光を注いでくれました。みみずくんは闇の幻影を駆使して片桐さんを追い払おうとしました。しかし片桐さんは踏みとどまりました。闇と光が激しくせめぎあいました。その光の中でぼくはみみずくんと格闘しました。
『かえるくん、東京を救う』村上春樹

「ぼくは純粋なかえるですが、それと同時にぼくは非かえるくんの世界を表象するものでもあるんです。」「ただそのような気がするのです。目に見えるものが本当のものとはかぎりません。ぼくの敵はぼく自身の中のぼくでもあります。ぼく自身の中には非ぼくがいます。ぼくの頭はどうやら混濁しています。機関車がやってきます。でもぼくは片桐さんにそのことを理解していただきたいのです」
『かえるくん、東京を救う』村上春樹

そして傷だらけの<かえるくん>は、体の内側から湧き出した様々な種類の暗黒の虫たちへと変わり、片桐の病室を埋め尽くしてゆきます。
 
 
 

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