僕と君の間にあるもので世界をかえることについて

アニメ『輪るピングドラム』を巡る考察的な何か

Ⅱ 灰色の水曜日の幸福論

※改訂中

「何百万の星のどれかに咲いているたった一輪の星をながめるだけでしあわせだ」とサン・テクジュペリの星の王子さまは言っている。だが「見えないものを見る」という哲学が、「見えるものを見ない」ことによって幸福論の緒口をつなごうとしているのだとしたら、私たちは「見てしまった」多くの歴史と、どのようにかかわらなければならないのだろうか?
寺山修司星の王子さま』)

幾原監督が好きだったアングラ劇団『天井座敷』の主宰、寺山修司の言葉です。(『輪るピングドラム』には特に、寺山修司の<痕跡>が多く見られます)

私たちの想像力は「見えないものを見る」力である一方「見えるものを見ない力」でもあります。
3.11のあの悲劇は見てしまった歴史です。放射能は目に見えませんが、私たちはそれに取り囲まれていることを知っています。想像力で見えないものを見ている。しかし、これらを見ないふりをすることも私たちには可能なのです。(初期の苹果ちゃん状態)
常にそこにあるはずの見たくない<現実>。忘れてはいけない。でも、忘れないと日々を平穏な気持ちで過ごすことができない。悲劇をいつの間にか忘れていることに気付いた時のむなしさすら、どこかへ消えていくことへの戸惑い。そして深い悲しみに世界は気づかないという絶望。それらについて歌うのが印象的に使われたED『灰色の水曜日』です。

悲しみの裏側で高なる笑い声に
こみあげる虚しさも風に吹かれて消える 灰色の水曜日
(灰色の水曜日/作詞:石橋凄・白浜久)

『灰色の水曜日』は、メランコリア(憂鬱)に囚われた人への語りかけの歌だと思います。
世界中が悲しみの声に溢れているとしか考えられなくなった時、絶望に沈んだ時こそ「さあ思い出して」と、歌詞は繰り返します。恋におちていた頃を、真剣なまなざしで見つめあってた頃を、輝いていた頃を、夢に生きていた頃を、愛し合ってた頃を。過去に愛し愛された記憶、幸せな時代を思い浮かべて、と。愛し愛された記憶は、希望の種になります。

僕らは予め失われた子供だった。でもみんな、それは世界中のほとんどの子供が同じ。だから一度だけでいい。誰かの愛してるという言葉が必要だったんだ
(多蕗のセリフ)

幼い冠葉と晶馬が檻の中にいた時、なぜ晶馬側に林檎が現れなかったのか。本当に選ばれたもの/選ばれなかったものの違いだったのでしょうか。
私は、晶馬がまだ精神的に幼く、それに気付く力(想像力)がなかったからだと思いました。冠葉には真砂子とマリオという存在があり、兄として彼らを愛することに自覚的でした。大切な人に伝言をという約束を思いついたのも、妹と弟をずっと気遣っていたからです。だから林檎を見出すことが出来た。
一方一人っ子の晶馬は、大切な人が誰なのか、何を言えばいいのかまだ分からなかった。だから見つけられなかった。つまり彼らを分けたのは「想像力」の問題だったのではないでしょうか。

帽子様の「イマージーン!」は、愛や希望を自分の中に見出せ!という意味でもあったのだと思います。そのことが世界を一変させるのです。

星の王子さまの大人になってしまった無惨な姿はあちこちに見出される。浅草の先頭の番台や、自衛隊宿舎や、大学の共闘会議や、ゲイバーの片隅に。そしてこうした「星の王子さま」を捨ててきた人たち、「見えるものを見てしまった」人たちが、もっとも深く現実原則と心的な力との葛藤になやみながら歴史を変えてゆく力になってゆくのである。
寺山修司星の王子さま』)

でも『愛された記憶、幸せな思い出がない』と思っている人は、どうしたらいいのでしょう?
 
 
 

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